
─ “思いやりの原点”って何だと思われますか? ───
思いやりの原点は共感。
相手に関心を持ち
相手の話や状況に共感することができれば、
相手の話や状況が自分のことのように感じられ、考えられ・・・、
自分が言って欲しいことや、自分もして欲しいことを、
言ったり、して差し上げたりできるんですね。
これからご覧頂くワンシーンに、皆さんは共感されるでしょうか・・・。
この作品紹介コーナーでは、最新の公募作品を紹介させて頂きます。
皆さんもブックマークを付け、時々お立ち寄り下さい。
─ 第28回とっておきのワンシーン入賞作品の紹介 ───
「にゃん子」
それは四年前、冬の天気の良い日だった。庭のプランターの花に水をやっていた私は、子猫のような甲高い「にゃあ……」という声に、うしろを振り向いた。
もう子猫とは言えない茶トラの猫が私を見上げていて、もう一言にゃあと鳴いた。もしかしたらお腹が空いているのかも。私は急いで台所から残り物のパンを持ってきて猫にあげた。
その子は嬉しそうにパンを食べると、もっと、というように私を見ている。今度は、ご飯と煮干しで、少したっぷり猫用のご飯を用意してあげた。
それが「にゃん子」との出会いだった。
にゃん子はとても人懐っこくかわいい猫だった。うちでご飯を食べ、ぬれ縁で昼寝をして、夜はどこかへ帰って行った。一年の一番寒い頃を迎え、時々は雪がちらつく事もあった。
私は玄関の横に、ダンボールを使って、猫のベッドを用意した。すると、昼も夜もうちですごすようになった。
その頃、脳梗塞で倒れ、九年間闘病していた母が亡くなった。亡くなる少し前から、ひどく体が弱っていたので、最期の時は近いと覚悟していたが、やはりとても悲しかった。
お通夜、お葬式、四十九日、悲しみから帰って来ると、玄関横でにゃん子が寝ている。これ程慰められる事はなかった。猫のやわらかい体をなでながら、心が暖かくなるのを感じた。
にゃん子は二年間うちに居て、交通事故で死んでしまった。一度、室内飼いにしようとしたが、とても外に出たがり、結局また、玄関横の暮らしに戻ってしまった。
思えば不思議な猫だった。
私が母の死を乗り越えられるようにと、神様が送って下さったとしか思えない。私の心が癒えた頃にまた、呼び戻されてしまった。本当に私は、にゃん子に幸せな時間をたくさん貰った。
きっと、一生忘れない猫との思い出です。